
もし、日本の桜がなくなってしまったら…。
私たちには想像も出来ない事だ。
平安の昔から、春には桜、秋には月を愛でてきた日本人。
その源流は、既に縄文時代の Old Japanese の人々が宿していたという。
豪華なライトアップなどなくても1年に1度自分の桜に会いに行く。
いにしえの人々はその毎年春に行う儀式的とも言える行為を「桜会(さくらえ)」と呼んだのだそうだ。
私が講義を聴かせて頂いた國學院教授・小林達雄先生によれば、自然の音に耳を傾け、恵みに感謝し、生きるだけのためには不必要とも思われる第二の道具(石の剣等)を使って祭祀していたという古代の人々の心。その記憶は脈々と受継がれて、今の私たちの心の基を形成しているはずだ。四季を通して自然を愛で、祀らい、舞や音楽と共に美しい“やまと言葉”は残されて来た。それが今の私たちを日本人たらしめている記(しるし)だとも言えると思う。
桜はそんな日本人の心をいつも、もうひと度、祝福と歓びとをもって呼び覚ましてくれる春の象徴であった。歴史は移りゆくとも、人々は桜に稲作の祈りを込め、江戸時代になれば新しい晴れ着を仕立てて花見遊楽したという。コノハナサクヤヒメと酒と歌舞、そして祈り…。つい100年前までは、当たり前のように桜と共にあったこのような日本の風景が、今まさに消えようとしている。
環境破壊によって桜の絶滅種が増えてきていることは、既に江戸時代後期に先々代の桜守・佐野藤右衛門氏によって警告されていた。ただでさえ、桜は滅びに向かっていたのだ。しかし、それでも現代日本の環境は桜を思いやりはしなかった。各地の名桜は必要以上にライトアップされ、心得のない花見によって根が踏みつけられ、さらに糖分の多いジュース等が流し捨てられて窒息状態。桜の悲鳴が聞こえるようだと、樹木医・塚本こなみ先生は私に語られた。桜は、冬を耐 え抜いて全身全霊の力でやっと咲いたのに、ただ静かに休む暇も与えられない。
有名だった京都・高台寺の桜も、ある年、突然枯れてしまった。前年まで美しく咲き誇っていたのに、次の年に突然朽ち枯れた。その最後の花を私は見ていた。フォトグラファー・内藤忠行氏の写真にも、その最期の姿が残されている。それは、とても哀しい永遠を封じ込めた命の姿であった。
それにもうひとつ、日本の桜には重大な危機が迫っている。明治以降の政策により、早く成長し、性質に個体差の少ないソメイヨシノがどんどん植えられたのだが…。ソメイヨシノは種も実もつけることの出来ない「複製(接ぎ木)」による桜・・・。約60年~80年で絶える運命をもった桜木なのである。
元々、日本の原種の桜は山桜、八重桜、豆桜など表情豊かな花木だ。昔はこれらの桜しかなかった。けれど江戸末期、品種改良によって誕生したソメイヨシノは明治を経て大流行したために、今や日本の桜の80%を占めている。そして、それは今にも、今年にも散り枯れる運命をもつ桜なのである。
高台寺の桜のように、ある日突然、それらの桜は一斉に枯れるかもしれない。特に、個体差の少ないソメイヨシノであれば、同時期に一気に全滅する可能性を孕んでいる。それは、ある日突然、日本から桜が消える…という感覚だ。そんな日が来てもおかしくはない。私は、桜を守りたい。桜のない日本など考えられない。いつまでも、桜と月の美しい日本であってほしい。そんな日本を守りたい。
そこで、私たち桜月流美剱道は、2008年春から桜エコプロジェクトを立ち上げる事にしました。アーティストは、アーティストとして、出来る事をしたい。そう思って、桜前線ツアーをはじめることにしました。この壮大なプロジェクトの立上げにあたっては、宇宙物理学者の佐治晴夫先生の御励ましの言葉がありました。
「桜を訪ねてごらんになったらいかがでしょう。桜月流には、調和を重んじる日本古来の素晴らしい精神性を世界平和へと結び付ける活動が出来るのではないでしょうか。」
剱舞とヤマト歌を通して、また、このような桜のお話を通して、桜の環境保全活動をしたい。
いつの世になっても、春がくれば「自分の桜に会いに行ける日本~桜会~」を守って行きたい。
私たちの「桜会(さくらえ)」を観て聞いて感じて下さい。
いにしえの時代にはあった「花よびの音」を剱と歌で伝えたい。
私たちの桜エコプロジェクトの活動を応援して下さい。